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ぼちぼち、ペンネ

「のんびり・少しずつ」ぼちぼちと綴っていきます。

 言いたいことを言ってみた!

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ホットカルピスを飲みながら 思った・・・・・

エッセイ『濃霧の中の方向感覚』の中で著者の鷲田先生が、
おもえば東日本で地震が起きたあの夜、東京では人々が何時間もかけて家路につきました。
帰宅できない人も数多くいました。けれども、と思うのです。
昼休みに食事をとるために家に帰れないほど隔たった場所で働くというのが、
そもそも異様ではないか。また、帰るべき集合住宅地に、働く人の姿はほとんどなく、
食事や買い物や教育や遊興などのサーヴィスを消費する人ばかりだということ。
働く大人のあいだを子どもが走り回り、子どもは大人の働く姿を横目で見、といった
ことが起こりえない街になっていること。このこともまたひどく歪なことではないのか、と。

そう書いている。

わたしは前々から、某TV「小さな村イタリア」で昼休みに帰宅してくる子どもたちを見て、
そしてもちろん大人も同じように家で昼食をとっている姿を見て、
うん、これこそが安定感のある生き方じゃないかと・・・思っていた。
資本主義経済の成長に合わせ、近代〜そして現代へと進むにつれて重要なものが
徐々にスライドしてすっかり変な社会に移行してしまった。
生きている人間より大事なものってあるのだろうか
時代は進み文化も変化してしていくのは当然である!と言われるかもしれないが、
そもそもそれが文化の成長と言えるのだろうか 
本当の豊かさと言えるのだろうか

子どもは勉強に部活に忙しく
父親は夜遅くまで働き、共働きの母親は家事とパートで忙しい。
忙しすぎてじっくりと関わる時間がほとんど無い。
それぞれが見つめ合う時間が足りないまま時を刻み、
あっという間に一生を終えるのである。
いろんな家族の形はあるにせよ、こんなの・・・

さて日本は「令和」の新時代に入るのだけれど、
物事の本質を見ようとしなくなった人間の歩む先は不安でいっぱいだ。
『濃霧の中の方向感覚』の中からもう1つ、なるほど・・の一言を借りると
17世紀フランスの思想家、ブレーズ・パスカルの箴言
「われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを
前方においた後、安心して絶壁の方へ走っている」
                              
これは痛い一言である。一個人としても反省する点だ。


フォーレのレクイエムを聴きながら・・・丁度ホットカルピスも飲み干した。
ちょっと甘かったかな。       
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2 Comments

はっちゃん  

ちょっと見ない間にたくさんアップ。
とりわけこの回には敏感に反応です。
今、ロベルトはイタリアに帰っているわけだけど、
そういう日常をおくっています。
一方、日本ではそんなに帰ってやる気あんのか的な見方も
されています。
業界がとか仕事がという前に、人生を考えたら、
儲けられないロベルトを非難できないんだなぁ。
わたしも新たな仕事に仕方に目覚めてきたところ。
だれとも比較されるのではなく、自分があー楽しかったと
死のうと、そういうふうに考えるお年頃になったよ。

2019/04/14 (Sun) 23:24 | EDIT | REPLY |   

ペンネ母  

Re: タイトルなし

> はっちゃん へ

最近はどうも、それって本質からズレているでしょ!って感じることが多くて、
人間のやることはこんなもんなんだ・・・と、諦めの境地です。
みうらじゅんが『比較三原則』他人・親・過去 その3つと自分を比較するな!
ということを言っていた・・・なるほどね〜 
確かにね、「比べる」から良からぬ感情も湧いてくる。
それよりも無理のない自分らしさを理解して、
それを守っていきたいな!と 想う今日この頃

2019/04/16 (Tue) 02:04 | EDIT | REPLY |   

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